SE構法施工物件紹介[住宅 21]
広い開口と垂木を構造材として使わない勾配屋根。そこで開口上部に細い水平構面を発見し、それらを太い梁で繋いで軸組を形成した。
「曽爾村の家」は、奈良県東部、三重県との県境の山間部に建つ別荘兼厚生施設である。今回は設計施工を担当した株式会社WHALE HOUSE執行役員の黒田知宏さんにお話をうかがった。
敷地は、近鉄大阪線名張駅から南へ、青蓮寺川を遡り、香落渓という柱状節理の美しい渓谷を抜けた先の村落の中にある。隣接して施主であるSさんが経営する曽爾産業の工場が位置する。
Sさんは大阪の八尾市で歯ブラシや歯間ブラシなどの口腔ケア製品を開発製造販売する大平グループ(大平工業、デンタルプロ、曽爾産業他より組織される)の経営者である。この地に小さいながらも拠点を設けているのは、かつて祖父が曽爾村の村長と懇意にしており、曽爾村が災害に見舞われた際に、村の再興に役立てばとこの地に工場を建設し、住民の雇用などに貢献したことがきっかけだった。Sさんは、祖父の時代からこの村と共に歩んできた歴史を尊重し、工場を継続している。歴史のある企業の地域貢献の事例と言えよう。
Sさんはもともと某ハウスメーカーの木造住宅に住んでいた。したがって建て替えに際してもそのハウスメーカーにまず声を掛けた。しかし家族の要望を伝えると木造では難しく、黒田さんの元にRC造の住宅設計の打診が届いた。Sさんは自邸とほぼ同時に娘の家も同じハウスメーカーに打診していたが、そちらも紆余曲折の末、WHALE HOUSEがSE構法で設計施工をすることになった。Sさんは娘邸の建設過程で初めて実物のSE構法を見て、従来の木造住宅のイメージを覆す架構の迫力と耐震性能に信頼を抱いた。
さて、今回の敷地は、10年くらい前に既存建物ごと売りに出た際に購入し、リノベーションして社員の研修・厚生施設として使おうと考えたが、痛みがひどく思いのほか改修費用が掛かることがわかり、Sさんは新築を決意した。Sさんの要望は「SE構法で建てたい」というもので、WHALE HOUSEが手掛けることになった。Sさんにとっては3つのプロジェクトがほぼ同時に進行し、うちふたつがSE構法で完成した。
WHALE HOUSEは、2年ほど前に「全物件をSE構法でつくろう」というコンセプトを掲げて立ち上げたまだ若い会社である。社長の彦坂達也さんは、性能を落としてもデザインや仕上げを優先するということは決して生活の質を上げることにはならないと考え、耐震性、 断熱性、気密性の優れた住宅をつくる会社を仲間を募って興した。黒田さんは当初は独立して設計事務所を始めようと思案していたが、強く誘われて創立メンバーに名を連ねた。
良質な住宅を提供したいという理念とそれを支えるSE構法を始めとした技術が、人を集め、生まれた会社である。黒田さんは設計担当であり現場監督も兼任する。身の丈に合ったスモールスタートを切ったと言えよう。
Sさんは、この家を社員が来たくなるような寛げる空間、村の人たちが驚くようなもの、と希望した。黒田さんは、色や素材は派手なものでなくても、なにか特徴的な要素を取り入れたいと考え、東西両側に大きく開かれた空間を提案した。それが主たる空間のひとつである和室である。
黒田さんは初めて自然豊かなこの敷地を訪れたとき、周辺の美しい緑を内部から眺める空間にしてはどうかと思った。両面とも開け放てる、キャンプで使うレクタタープのようなイメージの、軽やかで平側が全面的に開かれた空間を黒田さんは想起した。室内から開口部を額縁にしてこの景観を見せたい。眺望を邪魔しないように勾配天井として上部の照度を落とし、照明器具は壁面につけた。間口5,845mmの開口は東西両面とも6枚の引き戸とし、左右に引き分けるとすべてが戸袋に納まり、眺望が確保された。
全体構成は、前述の平屋の和室と、平屋だが2層吹抜けの土間空間のリビング、2層でダイニング+個室+水回りを納めた領域の3つの部分が耐力壁を共有しながら連続する建物である。リビングは玄関から土間が連続する巨大な吹抜けのワンルームである。薪ストーブを置いて家具や絨毯を設え、畳敷きの和室とは対照的な空間とした。2階床レベルに火打ち梁が出ないのはSE構法ならではである。リビングから続くダイニングと個室は通常の2層の建物として構造を解いている。
和室は5,460mm×8,190mmの無柱空間である。ここでは屋根構面に地震力を負担させず、東西の大開口部の上部にできた細長い水平構面を利用して地震力を耐力壁へ伝達している。
軒は1,820mmと大きく張り出している。垂木は成150mm+成120mmの2段垂木とし、上側の成150mmの垂木は軒先まで、下側の成120mmは化粧で上述のダブルの桁までで止めている。垂木のサイズは積雪荷重600mmに対応して決まった。
屋根や床といった大きな水平構面を持たない架構でも、どこかで地震力を負担する必要がある。この建物は小さな規模だが、地震力を負担させる場所を発見することによって設計意図を見事に実現している。
曽爾村の家
設計・施工:株式会社WHALE HOUSE
写真:川隅知明 文:橋本 純