SE構法施工物件紹介[住宅 18]
大きな家具の置かれた空間を屈曲させながら連続させて開放的な空間をつくり出す。
「大船H邸」は、神奈川県横浜市に竣工した2階建ての個人住宅である。建主のHさん夫妻、設計を担当した株式会社相川佐藤建築設計事務所の相川直子さんと佐藤勤さんにお話をうかがった。
敷地は、JR東海道本線大船駅にほど近い、新興住宅地を抜けた先の、古くからある落ち着いた集落の一画に位置する。坂を登り、角を曲がると、雑木林を背にしてボックス形状の建物が見えてくる。旗竿敷地でファサードは東側を向く。背面は急峻な斜面地だが、その中腹には屋敷神を祀ったいくつかの祠が並び、歴史を感じさせる土地である。この周辺はかねてから野菜農家で、現在も近隣では鎌倉野菜を生産し、鎌倉市の農協連即売所では人気だという。
夫妻は、以前は東京のお台場地区に住んでいた。休日はよく青山・神宮前周辺まで、片道10kmほどのウォーキングをしていたという。家を建てたいという希望を持ち、出かけたときは家具やインテリア系のショップを見て回っていた。偶然通りかかったインポートもの中心のインテリアショップで見かけたベルギー製のダイニングテーブルに惹かれた。大きな買い物となるため、その場で購入を決断することはできなかったが、気になってしまい、後日、再訪すると、すでに売れてしまっていた。その残念な気持ちと、実は家を建てたいと思っているという話を店主に伝え、その後、新居と家具のイメージについていろいろと相談するようになった。しばらくして同じダイニングテーブルの在庫が確認され、Hさん夫妻はそれを購入することができた。そのテーブルが現在ダイニングに置かれている。その後、それに合わせた家具をそろえ始め、家具からの暮らしづくり、家づくりが始まった。
店主はショップのインテリアデザインも手がけており、家具に合わせ外観のイメージを提案してくれた。そして鎌倉・湘南地域で住宅の設計施工に実績のある工務店として株式会社キリガヤを紹介された。キリガヤはそのイメージを具現化するには建築設計事務所の協力が必要だと考え、これまで幾度か協働したことのある相川佐藤建築設計事務所に声をかけた。
建築工事に先行して、背面の斜面地を、緑を生かしつつ整えたいという夫妻の希望を生かした環境形成を行っている。それによって通風と西側からの採光、視線の抜けなどが確保された。
初期スケッチのボックス形状のイメージを踏襲し、大型の家具をゆったりと配置できるLDKの空間をどのように構成するかが設計与件となった。架構の自由度と安全性の両面から、構造は最初期の段階でSE構法に決まった。
屋根形状は西下がり1.5/10勾配の片流れとした。東側正面から見たとき、ボックス形状のイメージを壊さないためである。東面の4つの開口部には、庇を設ける代わりに開口面を300mmセットバックさせ、日射遮蔽に配慮するとともに、全体を門型フレームの形状でまとめ上げている。
玄関は北側に設けている。両親の家の玄関と近接させた配置である。建物本体から張り出すように取り付けているので上層階がなく、玄関ホールの天井高を3,050mmと、ゆったり取ることができている。正面は大きなガラス面とし、その外側にアイストップとして株立ちの樹木を植えている。裏山を伐採したので木漏れ日が注ぎ込み、心地よい。ホールを左に折れると2層吹抜けのリビングに至る。4,250mm×4,450mmの平面で、天井高5,400mmの空間である。床は厚15mmの無垢材のフローリング、壁面は天然スタイル土壁の鏝仕上げである。リビングの南側には天井高2,400mmのダイニングが、吹抜けを介して2階西側にはミニキッチンを備えた2階ホールが連なっている。ちょうどふたつのL字形を逆さまに向きを変えてつなぎ合わせたような屈曲するヴォイドが、この住宅の空間的骨格を形成している。さらにダイニングの東側にはウッドデッキの外部空間を、リビングと2階のホールの上部には天井面まで達する位置に窓を設け、そのヴォイドを外部にまで連続させている。つまりこの住宅は、直方体のヴォリュームをヴォイドが屈曲しながら貫通するという空間の形式を持っていることになる。それを実現させている軸組の基本的な考え方は、中央部の通り芯Y5とX4で十字形を形成した田の字形平面である。中央部で十字形に梁を架けることで、全体にバランスのよい架構となっている。
8,190mm×6,980mmというさほど大きくないフットプリントのなかに大型の家具を設えるためには、空間にはそれらを受け止めるだけのサイズが必要になる。この住宅では、単体の空間ではなく屈曲しながら連続する空間でそれらの家具のスケールを受け止め、無理なく納めることに成功している。
大船H邸
設計:株式会社相川佐藤建築設計事務所
施工:株式会社キリガヤ
写真:関 拓弥 文:橋本 純