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物件紹介
2023.02.01

SE構法施工物件紹介[住宅 11]

南山田T邸

進化する形式

籠もりたいと開きたい、人間の本質的な欲求に応えるために阿部勤さんが編み出した「回」字形の空間形式。それを、1階をRCで、2階をSE構法でつくることで、形式とSE構法、両方の可能性の拡張が見えてきた。

「南山田T邸」は、神奈川県横浜市都筑区に建つ。建主のTさん夫妻、建築家の阿部勤さんにお話をうかがった。

 

ダイニングからキッチン方向を見る。ダイニングテーブルの奥にアイランドキッチンが並ぶ。2階のテラスに開けられたトップライトからも光が射し込む。左はリビング。

架構図

 

巨匠に設計を依頼する

Tさん一家は夫婦+子ども4人の6人家族で、以前は隣町のテラスハウスに住んでいたが、子育ての環境を考えて家を建てることを決意し、敷地と設計者探しをはじめた。
自然の豊かな環境で、地域とつながりながら子育てをしたいという夫妻の希望で、当時の住まいのすぐそばにこの土地を見つけて購入した。
敷地は、西側接道で、東側には遊歩道があり、その先には横浜市が管理する緑地が広がり、木々の間からは朝日が射し込む。遊歩道は南側に回り込んでいるので、建物が建つこともない。まさに都市と自然の境界に位置する場所である。

設計者選びは、インテリアが好きな妻が見ていた「100%ライフ」というウェブサイトだった。そこで紹介されていた阿部勤さん設計の葉山の住宅に惹かれて設計を依頼したいと考えた。ただし阿部さんは広く知られた建築界の重鎮(NetworkSE vol.172 木造の21世紀を考える㉛を参照)である。敷居は高そうだが思い切って阿部さんが主宰するアルテックに連絡を入れて訪ねたところ、ていねいな応対を感じ、要望をまとめて相談をした。出てきた図面を見て、当初夫妻は要望がすべて満たされているのかが読み取れなかったという。建築家の描く図面は要望を3次元的に解決している場合も多く、それを把握するにはある程度のスキルが必要だからである。
一方で同時に相談していたハウスメーカーの提案は、ファイナンシャル・プランニングなどの面では安心させてくれるものの、外周部に塀があり、閉鎖的な印象を感じた。そこで当初の思いを貫くかたちで、アルテックに設計を依頼した。

 

一緒につくる

阿部さんからは、どんな細かいことでも気になることはいって欲しい、住宅の設計は建主と話し合いながら一緒に進めるもので、こちらに最初からイメージがあるわけではなく、選択と変化を繰り返しながら出来上がっていくものだから、といわれた。そしてその、一緒につくる、過程を楽しむ、を夫妻も共有することとなった。
主な要望は、庭と外部空間とのつながり、地域のコミュニティに開かれたかたち、阿部さんの自邸のような混構造、みんなで料理ができる開かれたキッチン、浴室を2階に、などであった。
当初オーバーしていた予算も、要望を精査していく過程で収まっていった。むしろそのプロセスがあったからこそ、夫妻が本当に望んでいたものが明確になっていったといえよう。

 

リビングからダイニング方向を見る。窓の外には遊歩道越しに東側の緑地が望める。リビングとダイニングとのレベル差は400mmで、両者を隔てる鉄筋コンクリートの開口の大きさは、間口2,050mm 高さ1,900mm。天井高は3,670mmで2階の架構はSE構法。共有ルームの床を少しセットバックさせて吹抜けを設け、グレーチングを敷いて2階からの陽光を取り入れている。

混構造と回の字形平面の普遍性

平面は、東西9,100mm南北7,280mmの矩形の内側に、3,280mm×2,730mmの矩形を内包した「回」字形平面で、阿部さんのデビュー作である阿部邸(1974年竣工)と同じ形式である。この形式は、阿部さんが、人間の本質的な欲求である籠もることと開くことを両立させるために考え出したものである。その後も、阿部さんはよくこの形式を用いている。時代を超えて普遍的強度を持った空間の形式である。1階中央部をリビングに、その東側にダイニングとキッチンを置く。
キッチンは一部がダイニングテーブル側に拡張したアイランドとペニンシュラの併用型で、アイランド側に小さなシンクとIHクッキングヒーターを備える。

2階は中央にサブリビング的な共有ルームを配し、南側に子ども室と主寝室を並べている。子どもたちがまだ小さいこともあり、仕切りを設けず、現在はロフトベッドを2台配置し、空間を立体的に活用している。子ども室はFL+810mmまで腰壁を立ち上げ、その上部を横連窓にしている。梁下までは1,800mm、屋根形状は寄棟で小屋組現しなので、隅部に火打ち梁が不要なSE構法の強味がここで発揮されている。
南側外周部には耐力壁を入れたくないので、独自のジョイントスクリューを使用した剛性の高い屋根構面を用い、X2通りに設けた耐力壁でX1通りの変形を制御している。子ども室は、将来、床や壁を設けて個室とする可能性は想定している。階段室上部に床を設け、共有ルーム側からアクセスできるようにして書斎としているが、これはそうした改装へ向けた実証実験ともいえよう。

 

2階共有ルームを見る。右端には390mm上がった位置に書斎を設けている。正面奥はロフトで現在は夫の寝室として使われている。

2階子ども室を見る。最奥部は主寝室として使われているが、現在は仕切っていない。左奥に共有ルームがのぞける。梁下で1,800mm。

 

2階洗面室を見る。奥の扉は脱衣室。

南側からアプローチと玄関部分を見る。

 

 

1階のRC造部分は、壁で明確に空間分節がなされているのに対し、2階はSE構法の軸組を生かしてさまざまな床レベルや抜けがつくり出されている。まさに混構造の醍醐味のような空間である。
T邸と阿部邸の大きな違いは、阿部邸は2階中央部までRC造であるのに対し、T邸は構造形式が1,2階で使い分けられている点にある。これは建築基準法の改定によって混構造の認可条件が変わったことに起因するが、結果として、RC壁構造とSE構法による軸組架構の空間の質の違いが、阿部さんが提唱してきた2種類の空間を併存させる形式の可能性を拡張させることになったといえるのではないだろうか。つまり、T邸では、「回」字形平面とSE構法、双方の可能性が拡張されたのである。


南山田T邸
設計:株式会社アルテック
SE施工:株式会社カナモク
施工:株式会社オアシス巧房


写真:新澤一平 文:橋本 純